テーマ:「太陽の沈まない帝国」と謳われたハプスブルグ帝国を影で支えたチロルについて
 
  1. 「ハプスブルク帝国のお財布」チロル
 

かつて「太陽の沈まないハプスブルク帝国」と呼ばれ、ヨーロッパの大半と中南米を治めていたハプスブルク帝国の中心地オーストリア。そして、その中でも最も豊かな資源をもつことで知られているチロルは、中世時代、大量の岩塩や銀をもたらし、世界の銀のなんと約85%をここで産出したことで知られています。チロルはとりわけ貨幣改革を行い富裕公と呼ばれたジグムント公(14271496)や皇帝マクシミリアン1世(14591519)の統治の下で最盛期を迎え、「太陽の沈まないハプスブルク帝国」の基盤を作り上げました。現在のアメリカの通貨である「ドル」もここチロル発祥の銀貨「ターラー」に由来しています。また、チロルの鉱山規則は19世紀に至るまでヨーロッパ中の多くの鉱山の手本となり、現在でも中南米で当時の方針がそのまま受け継がれているところもあります。ハプスブルク帝国の富と栄光を支え「ハプスブルク家のお財布」として愛されたチロルの重要性に迫ります。

  2. 今でも残るハプスブルク帝国時代の遺産
 

1180年、インスブルックの名前の由来となった「イン川に架る橋」が建設されて以来、インスブルックはチロルの政治・経済・文化の中心となり、塩と銀を大量にもたらす「ハプスブルク帝国のお財布」として繁栄しました。現在でも歴史的遺産が多く見られ、古代から近代までの歴史の変遷を垣間見ることができます。約800年もの歴史を誇るインスブルック旧市街はハプスブルク帝国ゆかりの地として愛され、美しいアルプスと見事に調和した中世の街並みが残る旧市街、ホーフブルグ王宮、宮廷教会、大聖堂、そしてアンブラス城などはまもなく世界遺産に登録されようとしています。

  3. 1000年以上の歴史をもつ交通の要所インスブルックの魅力に迫る!
 

北にドイツ、南にイタリア、西にスイス、そして東にウィーンやザルツブルグ・・・、チロルの州都インスブルックは、ヨーロッパの中心に位置する、とても恵まれた立地条件の町です。古くローマ時代から交通の要所として栄えたインスブルックは、中世時代になるとハプスブルク家の下、政治、経済、芸術の中心として繁栄し、800年以上もの歴史をハプスブルク家と共に見守ってきました。あの詩人、ハインリッヒ・ハイネやヴォルフガング・フォン・ゲーテ、そしてオーストリアが生んだ天才音楽家モーツァルトが宿泊したホテルなどが当時のまま残されており、ヴォルフガング・フォン・ゲーテが山登りをしたインスブルックの街並みを展望できるコースは現在でも「ゲーテの小道」という名のハイキング・コースとして残されています。ヨーロッパの貿易に多大なる役割を果たした「アルプスのハート」チロル。インスブルックの町を中心に、ヨーロッパ各国へのアクセスも簡単にでき、現在でもイタリアまで30分、ドイツまで1時間、スイスまで2時間半と「ヨーロッパ・アルプスの十字路」としての役割は続いています。

   4. ナポレオンと戦った農民出身のチロルの英雄アンドレアス・ホーファー
 

チロルの英雄アンドレアス・ホーファーはチロルを愛する1人の農民として、最後まで堂々とチロルのためにナポレオン軍に立ち向かい、1809年、ゲリラ戦によって3度もナポレオン軍をチロルから撃退した人物です。どんな強敵に対しても決して諦めることなく戦った彼の懸命な姿勢はヨーロッパ中に感動を与えました。小規模の農民軍がナポレオン軍に勝つことができることを証明したアンドレアス・ホーファーは、最終的に友人の裏切りによって銃殺され、悲劇的な終わりを遂げます。アンドレアス・ホーファーの人気は、彼の中にチロルの山岳農民の魂が完璧に具現されていたところにあります。彼は「悲劇の英雄」として最後までチロルを誇りにし、愛し、農民を団結させ、守った、郷土愛のシンボルとなっています。